今日は、ずっと胸の奥に置いていた話を書きます。読んで気持ちのいい話では、ありません。
高校生の頃、私には、本当に好きな科学の分野がありました。
あるとき、授業でその分野が、私にはどうしても”違う”と思える説明のされ方をしました。好きだったからこそ、許せなかった。
それで私は、職員室に行きました。そして、担当の先生に、こう言い放ったんです。
「俺の好きな科学を、そんな適当に教えるなら、辞めてくれ」。
——先生は、当時24歳でした。私と、七つ八つしか違わない。教壇に立って、まだ間もない先生でした。
その次の年、先生は、教師を辞めました。
当時の私は、自分の言葉と、先生が辞めたことを、まっすぐ結びつけて考えることすら、していませんでした。若くて、鈍くて、自分が正しいと思い込んでいた。
卒業式の日のことです。辞めたはずのその先生が、元教師として、式に来ていました。
式の後、先生は私のところへまっすぐ歩いてきて、泣きながら、こう言いました。
「松本が、ちゃんと大学に行けて、よかった」。
恨み言は、一つもありませんでした。あんなことを言った生徒の、その後を気にかけて、わざわざ会いに来て、そう言ってくれたんです。
当時の私には、その涙の意味が、わかりませんでした。
でも、大人になって、人にものを教える立場になって——あの日の先生の年齢を、とうに超えて——思い出すたびに、苦しくなります。
好きなものを守りたい気持ちは、本物でした。でも、それを人にぶつけた瞬間、私はただ、一人の若い先生を、深く傷つけただけだった。
正しさは、人を大事にする理由にはなっても、人を切り捨てる免罪符には、ならなかったんです。
先生。あのときは、本当に、ごめんなさい。
人に言ったことは、返ってきます。今は、私が教える側にいます。いい加減に教えれば、いつかの私のような誰かに「辞めろ」と言われても仕方ない側に、私が座っている。
だから私は、目の前の一人にも、画面の向こうの誰かにも、いい加減なことは教えないと決めています。それが、あの日の先生にできる、たった一つの償いだと思うから。
この文章が、いつか、どこかで先生に届いたら——と思って、残します。
これは、栃木県小山市のパーソナルジム PUTTERS の松本の”独り言”です。体のこと・トレーニングのことは、LINEからお気軽にどうぞ。

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