先に言っておきます。今日の話は、完全に笑い話です。どうか、重く受け取らないでくださいね。
5年前の今日——2021年7月30日。私は東京で勤めていた会社を辞めて、地元の栃木に帰ってきました。ちょうど5年。今日は、その記念日です。
会社では、最後は部長をやっていました。経理も、法務も、営業も、いろいろ担当して。
ただ私、在職中に自分の仕事を片っ端から自動化して、人に振っていたんです。おかげで、ある日気づきました。「あれ、この会社、もう私が要らないな」って。——だから、いつ辞めても、よかった。
そんなある日、決め手が来ます。当時の上司と、指導の考え方で、決定的に割れたんです。
その人は、こう考える人でした——「客のトレーニングなんて適当でいい。早く終わらせて、こっちの仕事を手伝わせろ」。
私は、それだけは、どうしても飲み込めなかった。目の前の人を適当に扱うくらいなら、この仕事をやってる意味がない。
それで、堪忍袋の緒が切れました。仕事の途中、13時頃。「——もう、いいや」。そう言って、そのまま帰り支度を始めました。
その場にいた人に「今から、仕事、辞めます」と言ったら、「えぇ!?」と、それはもう驚かれて。
帰りの電車で流していたのは、TM NETWORKの「Get Wild」。栃木へ揺られながら、一つだけ決めていました。「帰っても、周りのやさしさに、甘えてはいけない」。
——ちなみに手元にあったのは、貯金20万円。しかもちょうどこの頃、婚約が白紙になりまして。帰った部屋は、空っぽ。きれいさっぱり、何も無くなっていた。
普通なら落ち込む場面ですよね。でも私は、なぜか清々しかった。守るものも、失うものも、もう何もない。あるのは20万円と、空っぽの部屋と、根拠のない自信だけ。「よし、これで身軽だ。まあ、なんとかなるだろう」。
——最初の半年は、お客さんが2人しかいませんでした。だから、ウーバーイーツと、マックのバイトで、食いつないでいました。
書いていて、ふと思ったんです。10代、20代の私は、いろんな人と本気でぶつかって、そのたびに角を立てて、そうやって磨かれてきました。
それが今はもう、川の下流にある石みたいに、角がすっかり丸くなりました。
——たぶん、今の私で水切りをしたら、10回くらいは跳ねると思います。
これは、栃木県小山市のパーソナルジム PUTTERS の松本の”独り言”です。体のこと・トレーニングのことは、LINEからお気軽にどうぞ。

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